はじめにお断りしておくと、本稿は論点をいくつか挙げることによって、賢い人が何か教えてくれるのではないかという期待に基づくものであり、この文章を読んだ行動によるいかなる行為に対しても責任を負いません。また、私見であって筆者の属する組織の見解とは無関係です。

 

さて、新星・藤井聡太四段の登場によって、将棋界が盛り上がっています。

人が集まってくれば、それだけトラブルも起こりやすくなるというものです。

先日、藤井四段も登場した朝日杯に関連して、以下のようなTwがありました。

 

 

1.著作権をめぐって

棋譜の権利、とりわけ著作権、については、これまでも様々な場面で議論が提起されてきました*1。

 

棋譜を著作権の観点から論じる、というのは古くから見られます。 

例えば、1978年に観戦記者の奥山紅樹氏が、本当に棋譜に著作権があるのか、と問題を提起し、それに対して、木村義徳七段(当時)が批判的に応答する、ということがありました*2。

発端となったのは、将棋連盟の地方支部を中心として発行していた『将棋あおもり』(『将棋天国』)の編集後記。プロの対局譜はかなりの金額を連盟に支払わなければならないから、対局譜は以後掲載しない、との趣旨が掲載されたことにあるようです(それ以前にも関係書籍の出版等で問題があった)。同好の士による勝手中継、という意味では、現在の問題に通じるところがあるかもしれません。

奥山氏によれば、当時、棋譜をめぐる公式の見解はだされておらず、あいまいなものだったようです*3。

そのうえで、そもそも棋譜に著作権が成立しうるのか、その場合、引用や観戦記等はどのような扱いになるか、著作権があるとすれば定跡はどうか、等の論点が示されました。

一方、木村七段の反論は、棋譜には金銭的価値が発生しているということを根拠に立論するもので、著作権の細かな論理に立ち入ったものではありません。ただ、ここでも一定規模以下の同人誌からは金銭を取らなくてもよいという議論や、取らない場合があったという事実が示されています*4。

また、奥山氏・木村七段の論争の後には、国会でも棋譜の著作権に対する質疑が行われ、犬丸直文化庁長官(当時)が著作権が認められる場合がありうる旨答弁しています*5。

 

さて、著作権とは何でしょうか。

著作物、すなわち「著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(「著作権法」(昭和45年法律第48号))に認められる、著作者の権利のことです*6。

ここで、重要なのは、「創作的に表現」という点で、単なる事実そのものや、アイデアに留まることがらなどは、著作物とは認められないと考えられています。

ここで、棋譜についてみると、これは、将棋の対局そのものが、勝利を追求したものであり、その一局面を決まった方法で記録したもの、つまりは、事実の記録物で創造性はありません*7。このように、著作権は認められなそうに思えるのですが、著作権法の起草にかかわった加戸守行氏は、棋譜を「共同の著作物」と解しているようで*8。油断はできません。*9

 

2.著作権以外の可能性

 さて、仮に棋譜に著作権が認められないとして、勝手に中継したり、転載したりしてもよいものでしょうか。

ほかの権利を考えるにあたって、スポーツの放映権との関係を考えてみましょう。

中継映像に著作権が認められるほか、スポーツの放映権は、成文法には存在しませんが、その根拠を、(1)施設管理権、(2)選手の肖像権に求める見解があります。*10

将棋の場合、(1)の施設管理権が問題になるケースは少なそうです。

公開対局で目の前で行われるような場合にその中継を禁止することは考えられるでしょうか。また、解説会などとは関係が深そうです。

(2)の肖像権についても、棋譜に直接写真を添付する場合などを除いて、問題になるケースは少なそうです。

 

次にパブリシティ権というものも考えられます。

パブリシティ権というのは、その人の名前などにくっついている経済的価値を守るための権利です*11。棋譜には、棋士の名前等がふされることが多いですから、これが差別化の要因と考えられるかもしません。ただし、基本的には、これまでの議論では商品化の話なので、勝手中継に適用できるかは難しい部分もあります*12。

 

ところで、(独占)放映権は特定の人と人との約束によって生まれる権利・義務の関係です(債権)。こういう場合であっても、第3者の利用によって、独占性が侵害されれば、財産上の利益が侵害されることになりますから、損害賠償の請求が認められる可能性があります(不法行為)*13。

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 Photo via Good Free Photos

 

現に、Magnus Carlsen対Sergey Karjakinの対局に際し、主催のAgon Limitedが第3者による棋譜中継に対する事前差止請求を行ったところ、これは認められなかったものの、裁判官から当該案件がNBA v. Motrola*14に比されるものであって、損害賠償請求は認められうるという指摘があったようです*15。

 

と、このように、棋譜そのものに著作権が認められないとしても、何らかの法的に保護されうる権利・利益の侵害にあたる可能性があるかもしれません。

また、そうでなくても、勝手中継は共有地に羊を放し飼いにするようなもの。

自分一人は大丈夫、と思っているうちに草木枯れ果て、スポンサーは撤退、棋戦は見られず、なんてことになってしまうかもしれません。自戒をこめながら、そのようなことが現実にならないことを願うとことです。

 

他方、連盟の側にも幾らか求められることがあるかもしれません。

1978年当時、連盟の収入増加策に発想の飛躍があり、社会に対する発言・行動が変わっていることを喜ばしいとしつつ、奥村氏は言います。

「連盟が堂々と記者会見でもしてその信を社会に問い、議題によっては棋士総会も公開し、社会との接点を太く豊かにしながら方針を打ち出していくことが今後この種の問題には欠かすことができないと思われます。でなければトラブルは増幅するばかりでしょう」*16

ブームの陰に、忘れられない問題がいくつか残っていることは確かです。

ファンの一人として、連盟が社会に議論を開くことを望みたいと思います。

 

追記

知的財産法を専門にされている神戸大学の島並良先生が以下のようにコメントされています。 *17

 

 

 

上であげておいた事柄はあながち的外れでもなかったでしょうか。

先生が挙げられている北朝鮮映画最高裁判決*18とは、放送局が北朝鮮の劇映画を無断で2分強放映したことに関する裁判です。

著作権法では、条約で保護の義務を負う著作物も保護の対象とされており、北朝鮮も加入しているのですが、国家として承認していないので、北朝鮮の著作物については国内で保護の対象とならないとされました。そこで、著作権だけでなく、利用許諾権の侵害を理由に損害賠償を求めました。

そして、判決の中で「著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」とされたのです。

反対に言えば、著作権とは異なる法的に保護された利益があれば、損害賠償請求が認められうる、ということです*19。

 

そこで、朝日新聞は「朝日新聞社と日本将棋連盟は、主催者として本棋戦の対局における棋譜を独占的に放送し、配信し、その他の方法で利用できる権限を有しており、そうした主催者としての権限は、法律上保護されるべき利益に係る権利」とのコメントを出しているわけです。*20

 

なぜ、上で将棋連盟がオープンにしてほしい旨書いたかといえば、

1.なんでスポンサーが矢面に立っているのだろう、という不可思議のほかに

2.棋譜の公開を通じた普及にとってどうなのか、という点があります。

将棋連盟の定款*21では、事業の第1として

棋戦を主催し対局棋譜の提供及び棋戦の解説講評等を行い、将棋の普及
啓発を推進する

があげられています。

棋譜の利用についてどこからどこまで許されるのか、許されないのか、という点をあいまいにする(すなわち、本来可能な利用も難しくする)のではなく、どこからどこまでが許されていないのか、を明確にすることこそ、普及啓発に資するのではないかと考えます。(全部の同時配信が許されないにしても、後日ではどうか、一部では、局面図ではどうか、など。局面図が許されない場合、性質上これについて語ることも難しくなるように思われます)

 

*1:機械学習等との関係でいえば以下など。将棋の棋譜には著作権は存在するのか? | やねうら王 公式サイト。なお、棋譜の権利については、リアルタイムか、事後か。公開対局を対局場で採譜したものか、中継の棋譜か、など場合分けが必要な部分があるかと思いますが、ここではリアルタイムで中継の棋譜を再入力したものを中心に検討します。

*2:奥山紅樹「78棋界スケッチ この一年の回顧によせて」『近代将棋』1978.12, pp.192-198; 木村義徳「棋譜の著作権をめぐって」『近代将棋』1979.2, pp.238-241.

*3:取材による感触として、棋譜には著作権が成立し、棋士はこれによって生計を立てなければならないから、当該棋士と契約を結ぶべきである、との見解が示されている。一方で、お隣囲碁界では1976年に日本棋院が「著作権を確立する運動と勉強をする専門委員会」を設置している(「棋界」『読売新聞』1976.6.27.あいまいさは続いていそうです日本将棋連盟による「棋譜の著作権」の主張について - 勝手に将棋トピックス。)。現在も、囲碁界のほうが積極的に棋譜の著作権を主張しているようである。はいけいとして、将棋は将棋連盟で出版している雑誌が主であったのに対し、囲碁界ではそうでなかった、ということがあるかもしれない(「読者と編集者 棋譜の「禁転載」」『読売新聞』1961.3.30. 囲碁欄にだけ禁転載とあるのはなぜか、との読者投稿への回答。著作権は確立しておらず、掲載権を売られているものだが、その内容に取り決めがない、とも。)。

*4:当の『近代将棋』もしばらく棋譜掲載料を取られていなかった

*5:「棋譜というものは、やはりそこに対局者の独創性というものが出てくる場合が多いと思います。やはり一種の知的創造物であるという場合が非常に多いと思いますので、そういうものであるということがはっきりすれば、これは著作権の対象になり得るものであろうかと思います」( 第91回国会 衆議院文教委員会会議録 14号
昭和55年5月7日, p.13.)

*6:なお、著作権については以下の連載がわかりやすいです。著作物の範囲については1-3回など。特集 : 18歳からの著作権入門 - CNET Japan

*7:渋谷達紀『知的財産法講義Ⅱ[第2版]』有斐閣, 2007, p.24; 「棋譜の著作権 ネットなどで出回り問題に」『毎日新聞』2011.3.15, 夕刊(福井健策弁護士のコメント。ただし、勝利を追求しない(=美学による)手について、フリージャズセッションを再現した楽譜のようなもの、とみてハードルは高いとしながらも著作物性を認める余地を残している).

*8:加戸守行『著作権法逐条講義[六訂新版]』著作権情報センター, 2013, p.120.

*9:なお、欧米におけるチェスについては、著作権を認めないことになっているようです。Tom Platt"Stalemate Over Chess Broadcast Rights"<https://www.gtlaw.com.au/file/12648/download?token=i_xErvJX>

*10:國安耕太「スポーツ中継映像にまつわる著作権法の規律と放送権」『パテント』2014.4, pp.77-88.

*11:パブリシティ権について以下を参照した。結城大輔「裁判例に見るスポーツとパブリシティ権」『パテント』2014.4, pp.55-65.

*12:藤井四段クリアファイルを勝手に作る、とかは当てはまるでしょうか。一方、藤井四段熱戦譜とかは微妙な感じもあります(中田英寿事件参照中田英寿事件(第1審)(パブリシティ権の判例4) | 尾崎法律事務所)

*13:國安 同上のほか、Masahiro Ito/伊藤雅浩 on Twitter: "(公開対局ではない)対局について棋譜中継をした場合,著作権等の知的財産権侵害という構成は難しいかもしれないが,法律上保護される利益を侵害するとして不法行為になる可能性は十分ありますね" ただし、差止請求までは認められない

*14:ひとまずウィキペディアで。National Basketball Assn v. Motorola, Inc. - Wikipedia

*15:Platt op. cit.(9)

*16:奥村 前掲注(2)

*17:これ以外に指し手ないし一局の将棋そのものの著作物性についても論じられています。

*18:判決文はこちら.http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/813/081813_hanrei.pdf

*19:山根崇邦「著作権法による保護を受けない情報と不法行為法[北朝鮮事件:上告審]」『著作権法判例百選[第5版]』, pp.228-229.

*20:将棋実況YouTuberに朝日新聞「権利侵害なので中止を」、何の権利侵害なのか? - 弁護士ドットコム ちなみに不法行為については民法709条で以下のように定められています。「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

*21:https://www.shogi.or.jp/about/doc/26_teikan.pdf